手帳・日記・手紙
OTES & LETTERS

T001


Returned
補充兵手牒
元の持ち主名 名木宝道
1944年、グアム島で戦死
2004年2月、高知県のご遺族に返還

高知新聞記事
T002


Returned
従軍手帖

元の持ち主名 西岡照雄
西岡照雄様は、グアム島より無事生還され、愛媛県にご健在
2004年3月、ご本人に返還
T003


Returned
軍隊手牒

元の持ち主名 塩田 旭
マリアナ群島で戦死
2004年3月、高知県のご遺族に返還
T004


Returned
手帳

元の持ち主名 橋本一男
1945年5月、フィリピン方面で戦死
2004年5月、京都市のご遺族に返還
T005 海軍日記

元の持ち主名 不明

日記は昭和19年1月27日から始まるが、その前の3ページが切り取ってある

ニコラス、セブ島の地名あり。フィリピン海軍航空隊設営関係かも
T006


Returned
従軍手帖・葉書3枚

元の持ち主名 市川尚武
1945年3月、硫黄島で戦死
2004年5月、千葉県のご遺族に返還
T007


Returned
軍隊手帳

元の持ち主名 服部冶一
無事復員されたが、1976年に死去
2005年12月、愛知県のご遺族に返還
T008 ノート
元の持ち主名 安田太郎
呉海軍施設部設営班
第一寮第一班に所属

内容は昭和19年ごろ指導員講習を受けたときの受講ノートと思われる。「航空基地の設営法」などが書かれている。
カナダ・カルガリーのNorm Dawson様からの依頼による。ただし現物はすでに手離されているので、スキャンしてある全文のコピーを送るとのこと。
T009 以下の手紙等は、フィリピン在住のアメリカ人Peter Parsons様からの依頼による。元米軍将校だった同氏の亡父・Chick Parsons氏が、日本軍が占領していたマニラが陥落した直後、Pasig川沿いのSanta Mesa造船所にあった日本軍陣地で見つけ、保管されていたもの。
参照:「チック・パーソンズ米海軍中佐と日本人
T009-1


Returned
はがき

元の持ち主名 小川治郎
比島派遣垣6555部隊中村隊
差出人の名は、野村萬吉
2007年2月、京都府のご遺族へ返還
T009-2

終了
Closed
  はがき(未投函)

元の持ち主名 辻 清

比島派遣垣6555部隊中村隊

宛名は、辻 らく
京都府東舞鶴市南濱扶桑町118
 (現・舞鶴市南浜町)

文面は貯金のことなど書いてあり、母宛てと思われる。
T009-3

終了
Closed
   封書(未投函)

元の持ち主名 辻 清

比島派遣垣6555部隊中村隊

宛名は、辻 静江
京都府舞鶴市南濱扶桑町118
 (現・舞鶴市南浜町)

文面は戦地での生活のことが書いてあり、姉宛てか?

2010年 9月遺族は判明するが受け取りとはならず。辻清氏のT009-2のはがきとこの封書は、アメリカのマッカーサー記念博物館に寄贈された。
なお、2009年、別途フィリピンで発見された同じく辻清氏の手帳は、埼玉県を通じ、立命館大学国際ミュージアムに寄贈された。
T009-4   はがき(未投函) 3通

元の持ち主名 勝部勝造

比島派遣垣6555部隊中村隊

宛名
川村治郎吉(滋賀県野洲郡河西村
        (現・守山市今市町)
草津川幸三郎 ( 同 上 )
大野武次 (呉市広町)
文面はいずれも白紙
T009-5


Returned
  はがき  2通

元の持ち主名 城戸口 新
フィリピンで戦死

山形県の父および義姉に宛てた2通のはがき(未投函)
2006年2月、山形県のご遺族に返還
T009-6


Returned
検便証明書
元の持ち主名 野崎守三
フィリピン・レイテ島で戦死

2007年1月、福井県のご遺族に返還
T010


Returned
はがき

元の持ち主名 甲斐 健

差出人: 磯尾汀一 
比島派遣軍渡第10613部隊、本比ノ3 
2006年12月、厚生労働省を通じて返還
T011 封書

元の持ち主名 山崎次郎
東部代2108部隊 山名隊

差出人 是永寿平
大分市勢家

当時の拾円札が同封されていた。

アメリカ・サウスカロライナ州在住の山本康裕様からのご依頼による。知人のアメリカ人医師が現在所持しているが、戦争中に取得した人はすでに亡くなっており、取得の経緯については不明とのことである。
T012    従軍手帖
元の持ち主名 不明
サイパン島で玉砕した兵士の遺留品と思われる。
下記の兵士の名が記載されている。
太田兵長、松浦一等兵、安藤 〃
今井二等兵、室岡 〃、大高 〃
柴二等兵 

詳細は下記ブログ参照。
「従軍手帖」 六十年後に届いた伝言
アメリカ・北カリフォルニア在住のDr. 夢倉様からのご依頼による(同氏がネットオークションで入手された)。
T013


Returned
  はがき  2通
元の持ち主名 菊川利矩

アメリカのChris Geise様からのご依頼による。フィリピンと中国に従軍した元海軍の父上の遺品の中に.、写真・P019といっしょにあった物。

元の持ち主の菊川様が福岡県にご健在であることが判明。
2008年3月、ご本人に返還
T014


クリックすると拡大されます。
手帳

元の持ち主名 不明

硫黄島で玉砕した(と思われる)陸軍士官の遺留品。所有者は、小笠原兵団の小隊長(階級は少尉?)と考えられる。

上の写真は、最初のページ。本人のサインがある。下の写真は住所録。その中の、「前川大二」(兵庫県竜野町)、「中末郁二」(姫路市)は本人の伯、叔父と思われる。

詳細は下記ブログ参照。
「柵條の道」硫黄島戦を目前に若き将校が残した記録


T012同様アメリカ・北カリフォルニア在住のDr. 夢倉様からのご依頼による(同氏が元米兵から入手された)。
T015   はがき
元の持ち主 三上房一

栃木県在住のSteve Venti様からのご依頼による。1945年にフィリピンで戦死した日本兵(海軍と思われる)から取得された物で、現在はアメリカにいる知人が所持しているとのこと。

宛名は「(不明)第七十四分隊第一教班 三上房一様」、差出人が 「青森県南津軽郡藤崎町本町 三上勝太郎,」となっている。

数葉の写真(P23)といっしょに取得された。
T016


Returned
     青年学校手帳
元の持ち主 齊藤学冶
アメリカ・ハワイ州のBrian Alexander様からの依頼による。第二次大戦に従軍した祖父が硫黄島から持ち帰られたもの。
斉藤様は北海道鶴居村の出身で、硫黄島で戦死、享年21歳。
北海道の南部美孝様およびハワイのボース朋子様のご協力により、2008年7月、北海道のご遺族に返還。
T017


Returned
ノート
元の持ち主 一戸惣一
アメリカのPeter Lord様からのご依頼による。約15年前にオレゴン州のアンティークショップで購入した物。
市販のノートの表紙に「第二十九期普兵射爆練習生 反省録 第一班 一整 一戸惣一」と書かれており、内容は昭和19年7月から9月の日付で、海軍における日々の訓練の反省が書いてある。
2008年11月、青森県のご遺族に返還。
T019 以下の手紙はアメリカ・コロラド州のCharles Johnson様からのご依頼による。約30年前、解体工事寸前のビルから発見された物。出所不明だが、旧日本軍人の遺留品と思われるので、しかるべき先へ返還したいとのこと。
これらの手紙は、昭和17年12月から18年8月の間に受信されている。
T019-1


Returned
はがき9通、封書3通
元の持ち主名 岩淵春蔵
横須賀市郵便局気付 ウ83 ウ84  ウ187 太田隊
東京府北多摩郡小平村(現小平市)の出身。
ニューギニアで戦死。
インターネットの検索で、甥御さんの所在が判明し、2009年5月東京都のご遺族に返還。
T019-2


Returned
はがき1通、封書2通

元の持ち主名 岩館清七
横須賀楠ヶ浦横須賀第二海兵団14分隊10教班
北海道亀田郡の出身と思われる

2009年11月、北海道のご遺族に返還
T019-3


Returned
封書3通

元の持ち主名 塚本義雄
横須賀局気付 ウ8? ウ84 ウ187 武井隊間嶋隊

【差出人】
茨城県新冶郡上大津村沖宿   柳沢伊右ェ門
住所・氏名不明     姉

2010年 ご遺族に返還

厚生労働省の調査により、東京都世田谷区のご遺族が判明、201011月に返還。塚本様は海軍所属。ギルバート諸島にて戦死。

The family was located by the search of the Ministry of Health, Labor and Welfare. The letters were returned to the family in Tokyo in November 2010. Mr. Tsukamoto was in Navy and was killed in action at Gilbert Islands.

T019-4 慰問文4通

元の持ち主名 不明(海軍の兵隊さん)

【差出人】
東京市向島区第三寺島国民学校5年3組 五月女和子
東京市目黒区月光原国民学校6年  永井久子
東京市麹町高等実践女学校 宮城啓子
学校名不明        小沢万代

T020 T020-PostCard1 Back 葉書

元の持ち主名:高橋武男より斉藤和夫宛。

 米国ペンシルバニア州のシンディー モタカ様、スコット モタカ様から。祖父が太平洋戦争のサイパン、テニアンの攻略に参加、同僚の海兵隊員と交換で手に入れた物の一つ。サイパン島チャランカ国民学校に宛てられた物
T021 T021 Letter     T021-a Envelope Front     T021b - Envelope 封書1通

元の持ち主名 丸山武之
横須賀局気付 

【差出人】
埼玉県幸手町  丸山れん子

アメリカ Kyle Parker様より。サイパン、硫黄島、ロイ=ナムル島に従軍していた祖父が持ち帰ったもの。
詳しい写真はこちら


T022


Returned
封書1通(5枚)

【差出人】 比島河遺渡第4021部隊本部 真田好秋
 

昭和17年3月,愛媛県新居浜市女学校 慰問便りの返信として神野芳子( 旧姓:石川)さんが校長先生より受領。神野さんは次女の秋山由美子さんを通じ、差出人か御家族に返還希望。

厚生労働省の調査により御家族が判明。返還されることになった。

The family was located by the search of the Ministry of Health, Labor and Welfare.
T023 アメリカ ニューハンプシャー州のジェニー スターリング様より。彼女の父のジェリー ドゥブーク様がアリューシャン列島から1941年ごろに持ち帰られた物。ドゥブーク様は陸軍航空隊の写真員として、参加され、直接戦闘はされなかったが、アッツ島の隣のシェミア島に駐屯された。当時の状況や、手帳の内容より、アッツ島守備隊の物と推察される。最後のノートには、
「5月20日18時、臨敵陣。 藤田孝明、菅原三右エ門、山口憲一、岩田潔、柿島喜一、鎌倉四郎、大野三男、佐藤孝治、村井鳳悦、後木清秋,須田亀雄、佐竹義、   
戦死の直前,連名シテ記念トス。 士気旺盛ナリ。」とある。

所有者 : 不明

写真をクリックされると、拡大してご覧になれます

Jeanne's Notebook; Outside Cover    Jeanne's Notebook, inside page

[Click on Thumbnail Image to Enlarge]

This notebook, donated by Ms. Jeanne Sterling from New Hampshire U.S.A., was found by her late father Jerry Dubuque in the Aleutian Islands around 1941. Jerry was an Army Air Corp photographer headquartered at Shemya Island, near Attu Island, and had served in the Aleutians for three years. This notebook was originally the property of one assigned to the Japanese Garrison stationed on Attu.

The last note in the book reads: "May 20th, 18.00, Facing enemy line. Right before falling in the field, we will leave all our names as a memorial. Fujita Takaaki, Sugahara Sanemon, Yamaguchi Kenichi, Iwata Kiyoshi, Kakishima Kiichi, Kamakura Shiro, Ohno Mituo, Satou Takaharu, Murai Houetsu, Ushirogi Kiyoaki, Suda Kameo, Satake Yoshi. The moral is high."

Original Owner : Unknown